■万葉荘|陶芸教室やお茶室、名物釜飯、庭、お風呂が自慢でまごころのおもてなしが大好評の宿■

■サイトタイトル■

HOME > ■メールマガジン■

■メールマガジン「ゆがわら散歩」■


┏┏┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ゆがわら散歩 No.34 2010年12月29日配信  by湯河原万葉荘

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■石橋山古戦場

今回は湯河原ではなく小田原のスポットですが、源頼朝の足跡を辿る上では欠かせない場所をご紹介します。

それは、源頼朝軍が大庭景親軍と伊東祐親軍に大敗を喫した「石橋山古戦場」です。


「石橋山の合戦」とは、伊豆・相模の武将の援軍を得て300余騎を従えた頼朝が、鎌倉に向かう途中の石橋山で、前方を平家方の大庭景親軍勢3,000余騎に、後方を伊東祐親300騎の軍勢に挟まれ大苦戦となった合戦です。

頼朝方の先陣、佐奈田与一義忠が敵将の俣野景久と対戦したのを発端に戦いが始まりましたが、結局頼朝方は10倍を超える敵の軍勢に敗れました。

この日は大雨であったため、援軍となるはずだった三浦軍が酒匂川の増水によって足止めされ、頼朝軍への合流が出来なかったことも敗因となっているようです。

この「石橋山古戦場」には「与一塚」がありますが、これは、この合戦で討ち死にした佐奈田与一義忠の遺骸を葬った場所で、その傍らには、与一を霊神とする「佐奈田霊社」が建っています。


佐奈田与一義忠の討ち死には次のような逸話があります。

与一は敵将の俣野五郎景久を組み伏せましたが、与一の刀には血糊がこびりついて抜けず、その間に敵の長尾新六に討ち取られてしまったというものです。

また、「佐奈田霊社」の下の畑が与一の討死した場所と伝えられていますが、この畑は、「ねじり畑」と呼ばれ、この畑の作物は全てねじれてしまうと伝えられています。


このあたりは一面ミカン畑で、眼下には国道135号線と東海道線が走り、相模湾がよく見渡せます。


■参考サイト

http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/Leisure/Historicsite/isibasiyama.html
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/field/lifelong/culture/historic/s-ishibashiyama.html

PageTop




〒259-0303 神奈川県足柄下郡湯河原町土肥3-6■TEL :0465-62-3755(代)■FAX :0465-63-4033■Eメール:info@manyoso.jp

 

HOME - お風呂 - お料理 - お部屋 - 館内のご案内 - 万緑窯 - 湯河原の四季 - 交通のご案内 - 予約状況 - メールマガジン - イベント - サイトマップ